沖縄で感じたこと

10年前の311の2ヶ月後、我が家は沖縄に転勤になった。上の子が2歳半だったが当時、大阪に住んでいた。地震、津波、原発事故。何かが大きく変わるような不安だけが強く刻まれるそんな日々だった。全員がそうだったろう。原発から離れているとはいえ、この一撃による自然破壊は長い年月をかけて私たちに影響していくことは間違いなく、誰もが生き方に揺さぶりをかけられたと思う。これから、自分たちはどのように生きていけばいいか。子供たちに安全な日本を残していけるのか・・・

震災直後、旦那は会社の被災地支援部隊で1ヶ月程留守にした。その際に、沖縄に転勤かも、と連絡が被災地からきた。震災後より関西以南の食べ物を買うようにしていたが、チエルノブイリより基準値が高い日本は北関東の食材が沢山出回っていた。心配しながらも風評被害を訴えたり、被災地を食べて応援などのスローガンがかかげられた。もっと南へ行きたい、もっと南へ行こうと考えていた時の転勤で少しほっとする自分がいた。関東の友達の多くが原発事故の映像のニュースと同時に荷物をまとめ、子供を連れて関東を出た。親や周囲、パートナーにまでも神経質だとか、世の流れと逆行している行動をすることに抵抗を感じながらも、誰が何と言おうと安全な訳がないという、子供を守るための母親の直感がそうさせたのだろう。沖縄でも私が住んでいた学区は1クラス分人数が増えるほど、自主避難の人が多くいた。

311のことについて書き始めたが、今日は沖縄のことについて書こうと思う。沖縄の移住が決まる前も後も、必ずいいな~、いいとこ住んでたね~と言われる。青い海・青い空、うちな~タイム、なんくるないさ~、のどかでゆっくりなイメージ。観光で行くそのイメージが私にもあった。私は沖縄に行く前、沖縄の学びを毎月していた。その悲惨さに心を痛めながらもどこか遠い、歴史の話のように聞いている自分に違和感があった。自分は沖縄に行く事で、この行間にある何かを見つけるのかもしれない、そのために行くのかもしれない、と何となく感じていた。

何か所か転勤しているし、沖縄に旅行に来たこともある。ただ、その時とは何か違うものが沖縄にはあった。この感じは何だろうと考えていた。

沖縄で私は教会に行っていた。牧師夫妻は内地の人。10年以上赴任し、毎週、辺野古や高江の座り込みに行っていた。沖縄のことはその先生たちから色々と教えてもらった。その頃、思いやり予算を被災地支援にという署名活動をしていて、数字は忘れたが多くの署名を集め政府に持参したが、無碍な扱いを受けスルーされた。思いやり予算というのは、米軍に対して充てられている税金で、一人当たり1年で1000万円の予算が組まれている。内訳は驚く内容で、リラン・バクレー監督のザ・思いやりという映画で詳しく述べられている。

沖縄の米軍基地は、日本の米軍基地の74%をあの小さな島の中に抱えている。軍用機の音も内地の比ではない。低空飛行訓練をするため、小学校のすれすれを爆音をたてて飛行するため、授業中に何度も中断せざるを得ない。大きな部品が落下したり、大きな事故、傷害事件、飲酒事故など数えきれないほどあるが、ほとんどが日米地位協定で米軍側に有利な裁きとなり泣き寝入りするしかない。基地返還時は元の状態にしなくていいという取り決めがあるため、米軍は返還時化学兵器などを海や土中に埋めていくという。近年、海中の化学兵器の入ったドラム缶が劣化したところから有毒物など漏れ出ている。6本足のカエルが沢山みつかったこともある。

不発弾も私が住んでいた頃は、月に1回、多い時は毎週発見された。どれもこちらでニュースになることはない。沖縄返還の日もニュースでやらないし、沖縄戦終戦日も少ししかニュースになることはない。内地の人は、8月15日は知っていても6月23日の沖縄の終戦記念日を知る人は少ない。沖縄では、6月23日は休日でみんな親族でお墓参りに行き、墓前で食事会をする。平和記念資料館の平和の礎の名前の前で食事をする人たちもいる。

南部の海は埋め立てられ美しい海水浴場になって、内地の人で賑わっている。沖縄の人は行きたがらない。かつての激戦で米軍に追い込まれ、みんな海に飛び込んで亡くなった場所だからだ。那覇の新都心という場所は基地が返還された後、綺麗に整備され沢山のマンションやショッピングモールが立ち並んでいるが、住んでいる多くは何も知らない内地の人だ。戦後、遺骨や遺体の上に土を盛りそのまま基地を建てていることを知っているから沖縄の人は住みたがらない。

私が考えていたどこか遠い場所の遠い昔の沖縄戦の話。沖縄に来て感じた違和感。学んでいる時に分からなかった行間から感じる何か。突然、自分の中で繋がった。沖縄のことを知り、寄り添おうと考えていた私自身が実は加害者だった。

琉球差別に始まり、日本は沖縄の誇りや文化を奪おうとした。沖縄戦では、唯一地上戦が行われ、多くの子供を含めた市民が犠牲になった。戦争体験者の壮年時のうつ病は多いようであるが、沖縄はその数倍と言われている。戦時中の赤ちゃんや子どものレイプも多かったようである。そういう事件は今も続いている。戦後、沖縄は植民地となり、パスポートがないと沖縄に行けず、通貨もドルだった。

今も、あの小さな島の多くの面積を基地が支配している。それも内地の国益のためだ。全ては内地の国益のために犠牲になっている。天然記念物が泳ぐサンゴの美しい辺野古の基地建設のための埋め立ても、高江のヘリパッドも全て沖縄のためではなく内地の国益のためなのだ。

私は自分が加害者であること、沖縄の人の強い痛みを感じ苦しくてどうしていいか分からなくなり、眠れなくなった。外も小さくなって歩くようになった。このまま、どうやって沖縄で生活したらいいかが、分からなくなった。そのことを泣きながら牧師婦人に話した。牧師婦人の年代は露骨に嫌がらせされていた。沖縄の人、特に高齢の方は内地のことをよく思ってない人が多いとあとから知った。でも、当然と思った。それだけのことをしてきたし、今も犠牲にし続けているのだ。

全ては繋がっている。沖縄のことは、沖縄の話、沖縄の人の話ではなく、加害者の自分の話だった。遠い国の貧困も食料難も、環境問題も、そして戦争もよその国の話ではない、自分の話なのだ。沖縄では、基地に土地を貸してお金をもらっている人、基地で働いている人が親族で必ずいるため、基地反対という声があげられない。内地のに人が声をあげていくしかないのだ。

これが沖縄で私が感じた沖縄の話でした。あれからずっと沖縄のことが気になってす。そして、気軽に住みたい、行きたいとか言えなくなりました。でも、沖縄も沖縄の人も温かく、深いということも経験した事実で、沢山元気をもらい励まされたのも沖縄でした。今は、自分なりの関わりしかできませんが、いつかまた何かの形で沖縄に関わりたいと思っています。

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作成者: migu.johno7070@gmail.com

4月から、静岡県のウッドハウスおろくぼの管理人、料理を担当しましたが、色々あり、3ヶ月ちょっとで卒業。管理人の手伝いをしながら、また、看護師で働いてます。丹田を意識した呼吸をすることがやっぱり1番大事だな、と思う日々。生活の支出を見直し続け、お金のかからない暮らしを追求中。自分で必要な分だけ稼ぐ生業作りの旅に出てます。音楽、漫画、米粉パン作りが好きです。

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